バルコニー日和

のんびりと過ごす日々のよしなしごと

コロナ禍の結婚準備②顔合わせ~あっという間にコロナ禍に

2020年の1月中旬、両家の顔合わせを行いました。

その日までに婚約指輪を間に合わせたくて、式場見学のかたわら銀座通りのジュエラーを端から端まで探し回った12月。

 

 当初は路面店を回りましたが、絞り込んだブランドがどれも三越に入っているものだったので、最終的に一度につけ比べできる三越ブライダルリングアテンドサービスに大変お世話になりました!

 

散々悩んだ末、昔から憧れていたジュエラーでこれ!というデザインを見つけました。最初は希望の大きさの石がなかったのが、偶然にもお店で検索していただいているタイミングでカラット数もグレードも理想のものが本国から到着というミラクル。

ようやく発注できたのは12月の半ばでした。

年末年始を挟むので顔合わせの日には間に合わないと言われていたのに、奇跡的に直前に仕上がってきて当日持っていくことが出来ました。

 顔合わせ食事会

顔合わせ食事会の参加者は、一人っ子の彼はご両親のみ。3人兄弟の私はあんまりぞろぞろしちゃうのもと思ったのできょうだいの配偶者は呼ばず、両親と血のつながったきょうだい、小学生の甥っ子のみにしました。それでも先方より3人も多いので席次どうするかもネットやマナー本を読んで悩みまくり。

結局、料亭の仲居さんに相談してなんとなーくよい配置にしてもらいました。

両親同士が向かい合って座って、私と彼が真ん中。残りの席にきょうだいたち。

 

顔合わせの案内状を作ったりお店やお料理を決めたり進行次第を考えたり、着ていく服を悩んだり。

結婚するって大変だなぁ…と当時からへとへとでしたが、結婚式で決めなきゃいけないことの多さはそんなものじゃなかったので、いま思えばたいしたことない悩みです。

 

顔合わせのあいさつで、春に入籍して11月に結婚式します!と宣言し、ふたりで住むための家を探して契約したり、彼のご両親にドレス選びに付き合ってもらったりしてわくわくしていた2月。

 

あっという間のコロナ禍

2月後半以降、気が付いたらマスクが買えなくなり、契約したマンションをリフォームしようとしたら中国から資材が届かないと言われたり、そもそもショールームが開いていなかったり。

 

入籍日は私の誕生日に決めていたのですが、当日は緊急事態宣言目前。電車の中もがらがらで閑散としていて、不安な気持ちのなか役所に向かったのを覚えています。春なのに雪もちらつく寒い日でした。

無事に婚姻届けを出した後は前々から予約していた近くのホテルへ行き、改めてふたりでお祝い。

 

4月には1回目の緊急事態宣言が発出され、感染者が増えていくなかで、11月の結婚式どうしよう?と悩み始めました。本来5月に行う予定だった前撮りはとりあえず延期。

結婚式自体も6月中に延期するかどうか決めないといけない状況だったので、両親や親族にも意向を聞いてふたりで話し合った結果、延期することを決めました。

 

延期を決めた直後は結構落ち込んだけど、11月から5月になったことでドレスをまた選べる!とか、大好きな新緑の季節にできるわくわく感もありました。
その頃にはきっとコロナも落ち着いてるよね、という希望的観測もありつつ。

(甘い考えでしたー)

 

延期を決めた日はもともと押さえていたメイプルルームがあいていなかったことから、バンブールームに変更しました。

テラス付きのメイプルルーム、シャンデリアもきらきらでとても気に入っていたので残念でしたが、バンブールームはピンク基調ながらシックだし、窓からの緑がとても美しいので新緑の季節は特に映えそう!と自分を納得させてみたり。

 

hotel-chinzanso-tokyo.jp

実際に披露宴を挙げてみて、会場のシックかつ可愛らしい雰囲気や、窓の外の緑がキラキラで美しかったのはもちろん、バンブールームのあるホテル棟2階は他に宴会場がないので貸切感覚で行えたのもよかったなと思っています。

 

延期の影響もうひとつ。

人数について、ガイドラインにより「収容人数の半分以下」と言われました。バンブールームは90名収容なので最大45人まで。当時は2020年12月末までの決まりとされていたため、翌年の5月なら撤廃されているかもしれないですが…とのお話でしたが、念のためかなり人数を抑えることに。

呼びたい人はたくさんいたけど、近場のごく親しい親族と学生時代の友人数人のみに絞りました。

2021年4月末からの緊急事態宣言でも改めて「収容人数の半分以下」と決められたので、結果的にそのおかげで披露宴ができたのかなと思っています。